失われた夢の代わりに

旅とキャンプと思い出と

ジャガイモサービス

今週のお題、「芋」

 

日本国内を旅するなら、たとえ安宿であったとしても、受付でおかしな態度をとられるという事はそんなにあることではないだろう。

その日僕が宿泊するホテルはリーズナブルだが最安とまではいかない、そんな宿だった。

受付の女性は決して嫌な態度ではなかったけれど、冷たくて、説明も面倒そうにしていた。

何よりおかしかったのは、今の態度が、さっきまでの女性の態度とあまりにも異なることだった。

僕がこのホテルに入った時に彼女が見せた満面の笑みは消え失せ、今は僕の顔を見ようともしない。

彼女の態度の原因は、「ジャガイモ」だった。

 

朝から降る雨はやみそうもなく、僕は諦めた様な気分になっていた。

車で北海道をめぐる一人旅の後半戦。疲れが出てきたこともあって、早い時間に観光を終えて、ホテルにチェックインしてしまうことにした。

ついでに何かちょっとした物を買ってホテルの部屋で夕食にしようと考えたのだが、なかなかそんな物を売っていそうな場所が見つからない。

やっとのことで見つけたのがハンバーガー屋だった。

フライドポテトが美味しそうにディスプレイされている。

ポテトは大好きなのだけれど、お腹一杯食べられる様な年齢でもない。

でも、今日くらい良いかもしれない。一日中雨だったし、せっかくの北海道だし。

色々と言い訳を作って、大盛りのフライドポテトを注文した。

 

ポテトを手に車に戻り、ホテルに車を走らせる。

宿泊するのは個人経営の小さなホテルだった。

その分、独自のサービスが色々考えられていて面白い。

新鮮なプチトマトをいただけたり、ワインの試飲サービスなんかもある。

 

 

「こんにちは、少々お待ちください」

受付の女性は笑顔で出迎えてくれた。

ホテルに入ると、僕の前に父娘の客がチェックイン手続きをしているところだった。

父親は、受付の女性の説明を適当に聞き流している。

受付の女性の方は、とても感じの良い笑顔で、丁寧に説明をしている。

 

説明の最後の方になって、この秋に収穫されるジャガイモ一箱分を送料のみの負担でお届けするサービスについて説明を始めた。

手に運送会社の伝票を添えて、もし良かったらこれに届け先を書いてお渡しくださいと伝えていた。いらなければ、そのまま廃棄して構いませんと。

伝票を受け取ってそのまま部屋へ向かえば済むのだが、父親はサービスが気に入らなかったのか

そんなものは要らないと強く言って伝票を受け取らず、鍵だけを受け取って不機嫌に娘を連れて部屋に行った。

 

すぐに僕のチェックインの番になったが、受付の女性の態度はさっきまでのそれとは打って変わって事務的な説明だった。

彼女はたぶん前の客の嫌な態度を引きずっているようだった。

そうして、僕にもジャガイモを送料負担のみで届けてくれる説明をひどく簡単に行い、伝票は渡そうとしなかった。

「あの、伝票を一応いただけますか?検討したいので」

そう言う僕に

「本当に、無理なくでいいのですよ」

と彼女は苦笑いをした

 

 

部屋に入ると広くて清潔だった。

 

ジャガイモの無料サービス、送料負担

ちょっと微妙だろうか

あくまでも、もしよろしければ、というサービス

彼女だって断られることなんて当たり前と理解していただろう

食品ロス対策につながる純粋に善意からのお勧めだったはずだ

でも、そうであるからこそ強い拒絶に対して、すぐには回復できなかったのではないだろうか

 

タイミングが悪かった

それだけのことなのだろう

そこまで考えて僕は買ってきたフライドポテトの包みを解いた。

これを買わないで、すぐにホテルに来ればよかったかな

 

包みからいい香りが広がる。

チーズソースが満遍なくかけられたフライドポテト大盛り

一口つまんで、驚くほどのおいしさ

すごい、さすが北海道

さっきまで買わなければよかったかなんて考えていたことはすっかり忘れて、僕はポテトを食べるのに夢中になった。

大盛りなんてあっという間になくなってしまう。

一息ついてから、さっきまでとは違った動機で僕は伝票を眺めた。

 

 

翌日、チェックアウト時に僕は実家の住所を記入した伝票を差し出して、ジャガイモの送料を支払った。

本来の自分を取り戻した受付の女性は、満面の笑みで僕に感謝の言葉をむけてきた。

妙に納得して、僕はホテルを出た。

 

 

帰宅してから数か月後、段ボール箱いっぱいに入れられたジャガイモが送られてきた。

母や姉、妹も喜んで、あっという間に大量のジャガイモはなくなった

 

あのホテル、いいホテルだったな

じゃがバターをかじりながら、段ボールに貼られた伝票を見て、僕は旅を思い出すのだった。