失われた夢の代わりに

旅とキャンプと思い出と

鍋の隠し味

今週のお題「紅白鍋合戦2023」

 

全く関係のない第三者だからこそ、真実を知ってしまうようなことが、たまに起きる。

僕の場合は鍋を作っている時だった。

追加の具材をキッチンまで取りに行き、ついでに皿を一枚借りようと思い、どこにあるか尋ねようとした時、尋ね先の女性が、何とも言えない複雑な表情で近くに座る男性を見つめていた。

その男性は、もう一人の男性の話を聞いているところだった。

あれ。そういうことなのかな。

なるほど、若いってすばらしい。

 

ちょうど、赤い色をした鍋が煮詰まってきた。

よくあるといえば、それまでだけど、物事は上手くいかない様にできている。

女性が見つめている男性は隣いる男性の親友で、隣の男性の恋を応援している。

その恋の相手がその女性だった。

少し前のことだけれど、年の離れた若い友人たちと、親しく接してもらえた時期があった。

彼らから、スノーボード旅行に誘われた。

スキーしか知らないという僕に、しっかりとコーチしてくれるという。

それでは、ということで僕は夕飯の鍋を作る担当になった。

この日、僕が作ることにした鍋は紅白鍋。

最初に豆乳鍋をつくり、楽しんでから途中で味変して、キムチをいれ、豆乳キムチ鍋にする。このほうがキムチ鍋がよりまろやかな味になる。

白い鍋から、赤い鍋に変化する紅白鍋は見た目にも楽しい。

まずは白い鍋、豆乳鍋から。

 

旅のメンバーは僕を含めて4人。

僕以外の3人はみんな僕より10歳も年下だった。

3人の内一人だけ女の子がいて、その子の家族の所有するリゾートマンションを使わせていただけるとのことだった。

僕以外の男性2人は、いずれも若いのにしっかりしていて、人柄も素晴らしかった。10歳も年上のこちらが恥ずかしくなるくらい立派だった。

みんな仲が良かったが、1人の男性が、グループで唯一の女性に恋をした。

彼は堂々と彼女にアプローチをかけていて、半分冗談みたいにしていたが、中身は本気だった。

いつも何かと人助けばかりしている様な男の恋だった。だから、僕ともう一人の男性は、頼まれなくても彼の恋を応援したいくらいだった。

この日も彼のアプローチは絶好調で、僕らを笑わせ続けていた。

彼女も笑ったり、そっけなくしたりして、楽しんでいた。

少なくとも嫌がっていることは、なさそうだった。

 

程よい所でキムチをいれる。鍋は赤い色に変わった。

野菜やほかの具材も追加しなければ。

台所に移動して食材を手にしたところで、僕は真実に気づいたのだった。

 

鈍いことに自覚のある僕には自分の判断にすぐには自信がもてなかった。

でも、ひょっとして、と考えてみた。

 

この旅は、彼女が最初に言い出したとのことだった。

スノボ、いきませんか?と

 

仲の良いグループを旅に誘う。

自分の家族の所有するマンションを提供して。

グループでただ一人の女性がする提案にしては、積極的すぎる。

彼女にはこの旅に、「仲の良い仲間と非日常を楽しむこと」だけではない目的があったのかもしれない。

他方で、彼女は男性のアプローチが冗談ではないことに気づいているだろうし、仲の良い僕らが彼を応援していることもなんとなくわかっているだろう。

僕はきっと豆乳の役回りだ。

僕の予想は数ヶ月後に現実のものとなる。

 

僕は鍋の味付けに失敗した様な気分になった。

目の前で二人の男性が楽しそうに笑っている。

仲が良いだけでなく、互いに敬意をもっている関係性だが、この関係にも変化が訪れるのだろう。

 

さっきまでと何も変わらない鍋を囲む楽しい時間が続いている。

変わったのは鍋の色だけだ。

僕は、気分を変えたくてスープを一口飲んでみた。

 

ちょっとキムチの量が多かったかな

「いやいや、豆乳のお陰でまろやかで美味しいですよ」

鍋の辛味が気になった僕に対して、この場を支配している女の子は上機嫌に答えた。